パワーストーン

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パワーストーンが幸せな結婚を運んでくる

私が誰かと一緒に暮らしたいと考えるようになったのは、あの恐ろしい震災があってからでした。
人生とはいつか終わりが来るものであってそれは自然の流れ、なので私は好きなように生きる、とそれまでの私はそんな考えでいました。
でもあの予期せぬ震災に見舞われ、私は初めて自分一人で生きているのではないということを思い知らされました。
幸いにも遠く離れた私の家族は無事だったのですが、何人かの親しい友人を失う形となりました。
それを人づてに聞いた私は、何とも言えない思いを味わいました。
神様は時として、私たち人間にとてつもない試練を与える、と私はそう思いました。
悲しんでも悔やんでも失われた時間は元には戻せません。
それは今に始まったことではないのですが、この時は私の心に深く突き刺さったのでした。
自由気ままに生きてきた私は、このまま年を取っていいのだろうかと考えるようになったのです。
ずっと一人ぼっちで孤独に生きていくのは、寂しい生き方ですが、ある意味すごく楽な生き方でもあると私は思っていました。
でも亡くなった友人達に申し訳ないような気持ちでいる自分にある日、私は気づいてしまったのです。
私は生きている、どうしてか生かされているこの身を、生きることが出来なかった友人達の分まで何倍も生きるべきではないかと、私はそんな考えに行きついていました。
それがいいのか、それとも極端なことなのか、私にはわかりません。
ただ、私の気持ちが収まらなかったのです。
亡くなった友人の中には、私の親友がいました。
彼女には婚約者がいて、来年には結婚するつもりでいたのに、叶わない夢となりました。
私が親友の婚約者と会ったのは、彼女のお葬式の日でした。
彼は憔悴しきっていましたが、事実を凛として受け止める冷静さを取り戻していました。
私は初めて彼と挨拶をし、亡くなった親友の話をしました。
この時の私は二言三言、親友のことを言葉にしただけでもう、涙が溢れてそれ以上の言葉が続きませんでした。
お葬式はとても長く感じられました。
私は遠くからぼんやり親友の婚約者の横顔を見ていました。
私が親友の婚約者と再会したのは、それから半年以上経った頃でした。
私が親友のお墓参りに行った時に偶然、彼と会ったのです。
お互いにすぐに誰が誰、というようにわかりました。
私達はゆっくり色々なことを話すことが出来ました。
彼が私のことを忘れずにいたのは、親友がよく私の話をしていたからとのことでした。
親友が私と会うのを楽しみにしていたと彼に言われ、私は切なくなりました。
でも楽しい思い出もたくさんあり、私と彼は親友の存在を通して、気持ちを共有する部分があり、それが私達を近づけてくれました。
まるで親友が私を彼に引き合わせたようでした。
その日彼と別れてから私は夜空を見上げ両手を合わせて、本当にいいの、と親友に尋ねました。
夜空の星が瞬いて、親友が答えてくれているようでした。
私は次の日決心して、彼に私と付き合って欲しいということを電話で告げました。
すると彼の方も同じようなことを私に言うべきかどうか、迷っていたと言いました。
私はかつて親友とお揃いだったバラ色のパワーストーンのペンダントを握りしめながら、ありがとうと小さく呟いていました。