パワーストーン

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霊感はパワーストーンを用いて念じ祈りを捧げると霊感から解放されます

私は大のおばあちゃん子でした。
小さい頃から本当に可愛がってもらい、祖母の家に何度も遊びに行っていたのです。
特にお盆には毎年長期に渡って祖母の家で寝泊りし、ご先祖のお墓参りにもよく祖母と行ったものでした。
祖母の家に行くといつもスイカを一玉私のために買っておいてくれていて、祖母と縁先でスイカ割をして楽しませてくれました。
目に手ぬぐいを当てられて、新聞紙を丸めた棒で幼い私はスイカをめがけて叩きに行くのです。
しかし歩き出す前に祖母に私はグルグル回転させられているので、幼い私の足は千鳥足になりフラフラしてしまい、いつもスイカとは違う方向に向かい、縁先の木を叩くのです。
そして目に覆われていた手ぬぐいを祖母にはずしてもらい、祖母と二人で大笑いして過ごしたものでした。
そしてその後に新聞紙を縁側に広げて祖母と二人で包丁でスイカを切って、新聞紙の上で豪快にお互い種をプーッと飛ばしながらスイカを頬張り食べるのです。
これがお盆の祖母との非常に楽しい思い出でした。
祖母の家は決して裕福とは言えず、貧しい家でした。
そのため家には大した冷房や扇風機があるわけではなく、幼い私が夜寝苦しくて起きていると、祖母は私の傍らに来て私が眠るまで手で団扇を私に扇いでくれたものでした。
今思うと私が寝付くまで団扇を扇ぎ、祖母の手や肩は非常にしんどかっただろうと思います。
しかしそれだけ私に愛情を持っていてくれたからこそ、そうしたことも苦にせずお世話してくれていたのだと思います。
また私が自宅に戻るときは、自転車の後ろに座布団をくくりつけて、私のお尻が痛くならないように乗せて帰ってくれたのです。
祖母との思いでは幼い頃のお盆だけではありません。
私が学生時代勉強や受験で苦しんでいたときも鳥取弁で「ええが、ええがー、そんなにやんや言わんでも」といつもリラックスさせ癒してくれたのです。
また私が社会人になっても頑張るようにいつも励まし、千円のお小遣いを私にいつも持たせてくれたのです。
しかし、私も大人になり恋に仕事に忙しくなると、祖母に会いに行くことも全くなくなってしまいました。
祖母から電話が入っても、面倒臭い態度で祖母に接していたのです。
しかしいつも「たまには顔を見せにおいで」と優しく接してくれていたのです。
そんなある日、祖母が病に倒れ、急に亡くなってしまったのです。
大人になってからは面倒な存在と祖母のことを思っていたのに、訃報を聞き涙が止まらず滝のような涙が次から次へと流れたのです。
そのとき私は始めて悟ったのです。
祖母の愛を常に感じることができていたから、今日まで頑張って生きてこれたのだと。
祖母の葬儀が終わりしばらくして私は毎晩祖母の夢を見るようになったのです。
そして最近では起きているときでも祖母の寂しそうな表情が見えるようになったのです。
祖母が亡くなって私はすっかり霊感が強くなってしまったのです。
そして私が祖母の晩年にあまり会いに行かなかったことを祖母は悲しく思い、未練があって私の前に霊となって現れるようになったのです。
私が祖母の晩年に冷たいヤ度をとってしまい、祖母はそれが寂しく今生に未練があって成仏できていないことに私は気づきました。
そこで私は祖母の好きだったサファイアと水晶のパワーストーンの数珠を購入し、祖母の霊に向かってごめんなさいという謝罪の気持ちと、自分がいかに祖母を愛していたかを念じ語りかけたのです。
それを半年続けた頃、ある日突然祖母の霊は私の前に現れなくなったのです。
祖母に毎日気持ちを込めて謝罪し、成仏するよう念じ祈ったことを祖母も理解してくれたのだと思います。